エンジョイ感情

国際基督教大学(ICU)の学生。発達障害(ADHDとアスペルガーの混合)。23才、童貞です。

ドチャクソ体調が悪い

ドチャクソ体調が悪い。どれくらい悪いかというと一日に三回ノートpcを机から落としてしまうくらい悪い。

八時間寝てるのに体調が悪い。神経が完全に弱っている。

眠たくはない。神経。カリカリしている。

 

体調が悪い時の鉄則って食事、睡眠、休息以外にないんだけれど、ちゃんと食事して寝てるのに全然回復しない。お酒のせいかな。いや、ぼーっとする時間が足りてない。

 

ぼーっとする時間が必要。

ギターを買った

ギターを買った。全然弾けない。でもぽろろんと開放弦で弾くだけで気持ちが安らぐ。柔らかくなる。

 

シュヴァイツアーは「 人生の惨めさから逃れる方法は2つある。音楽と猫だ。」と言った。信仰に燃えてアフリカで一生を終えた人がそういうんだもの、ぼくなんてなおさらさ。音楽と猫に生きよう。

夜中の2時38分

頭がちっとも回らない、目の焦点も合わない。お酒を飲もうと思ったけれど、ツイッターを二時間して虚脱状態だ。ツイッターやめたい。でもやめられない予感がするし、やめても状況が好転することはないだろう、退屈でしょうがないからつぶやいてしまうんだ。
a.つぶやかなくなれば退屈でなくなる これは対偶?いやちがう。b.つぶやかないならば退屈でない。これは対偶で真だ。aはなぜ対偶でないのだろう?aは因果でbは相関。数学は因果と相関を区別するか?そこにこの違和感を解くヒントがあるような気がする。もっと高校の数学を勉強しておけばよかったな。
 
猛烈な不安。脳から変な物質が出ている感覚。自分がここにいない感覚。徹夜での集中力の低下とだけ言いきってしまっていいのか?何か僕の人生を貫く、根底的な衝動、情動がまさに今感じているものの正体な気がする。徹夜中の午前二時三十八分、そういう時に人生の真理は現れるものじゃないのか。
 
ちゃんとしたものを着るとある程度しゃきっとする。神経衰弱による挙動不審が完全にカバーされるわけでもないけれど、まともな身なりだと話してる相手もある程度まともな扱いをしてくれる。
 
どんなにひどく衰弱していても、身だしなみさえ出来ていれば「ちょっと今日は体調悪いんだな」ぐらいに解釈してもらえる。これがトレーニング用の半ズボンだったり、着物だったりしたら駄目なんだ。変な奴だし、その上コミュ障でどんくせえな、とレッテル貼られて終わり。なんとしてもそれは回避しないといけない、コミュ力がある人ならまだ知らず、コミュ障ほど身だしなみという外面で空気の読めなさ、話のつまらなさをカバーしなければ。
 
それにしたってなあ、イケメンはいいよなあ!何着たって似合っちゃうからなあ。
でも、ぼくがイケメンだったら今度は金持ちに対して「金持ちはいいよなあ!」と言ったに違いない。結局ないものねだりだ。貧乏人が金を手に入れたら粗使いするし、ブサイクが整形したら女性をとっかえひっかえするにきまってるんだ。
手に入らないものをひがみ、憎む。そんなルサンチマンからはいい加減卒業するんだ。